久慈記~Kujiki~

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阪神・赤松一軍昇格!

 昨日(日付が変わったので一昨日か)の公示で、阪神の赤松真人が一軍に昇格となりました。

 さて、ここからいつもの通り遠回りで本題にもって行きたいと思いますので、しばしお付き合い下さい(笑)。

 …えー、かつて中日に在籍していた名クローザー、エディ・ゲイラード(登録名ギャラード。中日には'00年途中~'03年途中まで在籍、'03年途中から'04年まで横浜でプレー)が、来日1年目に背番号52番を付けていたのを見て自分は、「こんな大きな背番号付けて抑えをやってるなんてかっこいいな」と思いました。

 普通、レギュラーにしてもエースにしてもクローザーにしても、だいたいいい背番号を付けてるじゃないですか。野手なら一桁、投手なら10番代か20番代とか。ギャラードの場合は、シーズン途中の入団だったこともあってたまたま空いていた52番になったわけですが、それでもこんな大きな背番号を背負ったクローザーは今まで中日にはいなかったので(他球団にもほとんどいない)、ギャラードの『52番』というのが鮮烈な印象として残ったわけです。そして男前でメジャーの貫禄もあるギャラードのファンになると同時に、『背番号52番』自体が好きになり、ギャラードが翌年背番号を18番に変えた後も、52番を付けている選手は中日に限らず気にして応援していました。

 現在、背番号52番中、一番の出世頭であるホークスの川崎宗則は、二軍で頭角を現し始めた頃から爽やかなルックスとその俊足に注目していたので、'02年に一軍の試合に出るようになり、その後一気にレギュラーを獲ってパ・リーグを代表するショートに成長してくれたのは非常に嬉しい出来事でした。テレビや雑誌のインタビューを見ても非常に考え方や喋り方が大人で受け答えもしっかりしていて更に好感度アップ(笑)。隠していたわけでもないのでこの際はっきり言いますが、自分はパ・リーグの選手の中ではムネリンのファンです(笑)。

 そんなわけで、『背番号52番』が好きな自分は、中日でもギャラードの後に52番を付けた前田勝宏(元西武)、'01年オフにルーキーで入団した都築克幸も応援してきましたが、残念ながら彼らは一軍で活躍することなく消えて行きました(都築なんてかなり期待してたんだけどなあ~)。

 中日では今年から高卒ルーキー春田剛が52番を付けていますが、ドラフト前から注目していた春田君が52番を付けてくれたというこの喜びは語り尽くせません。詳しくは自分がやっているドラゴンズブログやこの『久慈記』の春田剛カテゴリを参照にして頂きたいのですが、とにかく今一番応援している中日の選手は、この52番の春田君です。

 それはそれとして、現在日本のプロ野球で52番を付けている選手の中で、春田君、川崎ムネリンの次に応援しているのがこの阪神の赤松なんです(やっと話が最初に戻った・笑)。

 52番ということで入団1年目の昨年から注目していた赤松ですが、昨年はファームで外野手として83試合に出場して打率.363(リーグトップ)、7HR、33打点、29盗塁(リーグトップ)という、まさに走攻守揃った素晴らしい成績を残しました。昨年の一軍出場はわずか2試合のみ(打席には入らず…しかし代走で出た時には見事盗塁を決めました)でしたが、今季はキャンプから期待されセカンドでの起用も示唆されていた赤松ですが、怪我により開幕一軍はなりませんでした。しかし怪我も程なく完治し、今回、赤星の怪我の影響で本職の外野手としてようやく昨日一軍登録と相成ったわけです。しかも2番センターで即スタメン。岡田監督の期待の程が伺えます。

 昨日、今日と2番センターでスタメンでしたが結局ノーヒット。しかし、赤星が試合に出れない今、いろいろな意味でその代わりを努められる素材のあるのはこの赤松だと自分は思っています。もしレギュラーに定着すれば、赤星、赤松の背番号52・53の連番赤赤コンビとしてJFKに続くヒット商品(?)として新たに売り出すことも出来ますし…(その時はもっとちゃんとした名称考えてね…)。
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 この写真は昨年8月にファームの試合を観戦した時に撮ったものですが、この若き背番号52番を早く広いナゴヤドームでも観てみたいものです。

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by Izanagi32 | 2006-06-12 01:54 | 阪神タイガース関連 | Comments(9)

オークションの久慈ユニ【番外編】

 前回の記事『オークションと久慈ユニ』(前編・後編)には沢山のコメントを頂きありがとうございました。好き勝手に色々と書きましたが、最後に書き忘れた言葉を…。

 あのユニを落札された方もかなりの久慈ファンだと思います。もしこの記事を見ておられるか分かりませんが、貴重な久慈ユニ、大切にして下さいね(黄ばみが落ちるといいのですが…^^;)。

 さてさて。今回は特にこれといったネタはないんですが、【前編】の方に書いた、自分のこだわる久慈ユニのワッペンについて少々書きたいと思います。

 先述した通り、中日の本拠地がナゴヤドームに移った'97年頃、確か星野監督の案だったような気がするんですが、「HARD PLAY HARD」(以下HPH)というキャッチフレーズが出来て、そのワッペンがユニフォームの左袖に入ることになりました。

 このキャッチフレーズとワッペンは星野監督がドラゴンズを去る'01年まで継続され、ファンにも親しまれました。

 その後、山田監督に代わった'02年からはキャッチフレーズも「WIN THE GAME! WIN THE DREAM!」(以下、WTG)に変わり、ワッペンのデザインも一新。このWTGは、阪神の監督となった星野監督色を払拭して新しいドラゴンズの始まりを告げるキャッチフレーズとして、コアなドラゴンズファンからは概ね支持されていたように思います(自分もその1人)。

 このあたりの概要は【前編】でも書きましたが、このブログをご覧になっている阪神ファンで久慈ファンの方々にはいずれも馴染みのないキャッチフレーズ/ワッペンだと思いますので、自分の持っているTERUユニのHPHワッペン、KUJIユニのWTGワッペンを、参考までに画像で紹介したいと思います(ほんとは【前編】に載せる予定でしたが、あの時は写真を撮る時間がなかったので…)。

 これです↓
d0047363_22174497.jpg

 ん~。中日ファンの自分が見ても懐かしいです。HPHは何だか文字もデザインもかわいい感じがして、ちょっと星野監督のイメージと違ってアンバランスな感じが当時もしていたのですが、'99年のあの感動の優勝があったことで、自分の中では非常に思い入れの深いワッペンとなっています。

 対照的に、山田監督時代のWTGワッペンは字体もデザインも配色もかっこよくて今見てもいい出来だな~と思います。当時はこのワッペンと同じデザインのステッカーを車に貼っていたものでした。

 ちなみに、WTGに変わった2002年当時、週刊ベースボールで各球団のキャッチフレーズを紹介するコーナーがあり、ライターの人が各球団のキャッチフレーズに難癖をつけて小バカにしていたのですが、この“WIN THE GAME! WIN THE DREAM!”については、「ゲームに勝つのはいいけど、夢に勝ってどうする」と書いていました。

 “WIN THE GAME!”はまあそのままの意味で当たりですが、“WIN THE DREAM!”は、小学生並みの語学力で直訳すればこのライターさんの書いていた通り“夢に勝て!”かもしれませんが、正解は“WIN THE DREAM!”=“夢を勝ち取ろう!”です。このライターさんは揚げ足取ったつもりで恥をさらしてしまったわけです(笑)。

 それはともかく、この“ゲームに勝って夢を勝ち取ろう!”のキャッチフレーズ自体が、ワッペンのデザイン共々好きで、結果的にこのキャッチフレーズで戦った'02年~'03年はドラゴンズ暗黒時代となった(共にAクラスでしたが、主力選手の相次ぐ放出や外国人主力選手の不可解な途中退団(ゴメス、バンチ、ギャラード…)、更には山田監督の更迭など、内部のゴタゴタが多かった)ものの、今でもこのワッペンの入った久慈ユニは気に入っています(久慈さんにとってもドラゴンズ時代最後のユニになりましたし…)。

 このようにHPHもWTGもそれぞれ思い入れがあったので、'04年以降、ドラゴンズにキャッチフレーズもユニのワッペンもないのは何だか物足りない感じがします(今年なんか「中日新聞」ですよ……まああれは企業広告ですが)。球団創設70周年記念ワッペンもないし…。

 落合監督は、そういうことは好まないんでしょうかね…。

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by Izanagi32 | 2006-06-07 22:22 | 久慈照嘉関連 | Comments(0)

オークションの久慈ユニ【後編】

【後編】

 最初にHPHワッペンの久慈ユニが出品されているのを見つけた時はそりゃもう感動しましたよ。5年越しの切願でしたから。スタートも5000円からとまずまずの価格。こりゃあ嫁に小遣い前借りして入札せねば!! と興奮しながら説明文をよく読んでみると、久慈さんが一番活躍した'99年モデルだそうな。おお、このユニはサイズだけでなく出生年も申し分ない…。この時点で気分はもう落札した気分で、頭の中の妄想は、ドームでこれを着てドラゴンズを応援している自分の姿を映し出すまでに至っていました(笑)。まるでバイストンウェルの物語を覚えている者のように心豊かな気分になって(?)更に説明を読み進めて行くと、その先にはその幸福の絶頂から奈落へと突き落とす一文が。

「首のまわりに多少汗の黄色いシミがあります」

 ………な、なにィ~!? ユニフォーマーにとって、お気に入りのユニを自分の不注意で汚すなんぞあってはならない事だというのに、汗ジミ!? 俺だってただでさえユニを着る際は自身の飲食物は勿論、座る椅子の汚れやすれ違う人の手荷物や歩きタバコ、更には空から落ちてくる鳥のフンにまで気をつけているというのに、防ごうと思えば防げる汗ジミなんぞつけおって~!! 俺だって夏場は汗かくけどなあ、ちゃんと家に帰ってその日のうちに洗えば汗ジミなんて出来ないじゃんかよぉ! 俺の……俺の妄想返してくれ!

 …ふぅ、少し取り乱しました。すみません。出品者の方も(もし見ていたら)すみません。汚すのは個人の勝手ですよね。それが納得いかないなら入札しなければ良いだけの話で。

 とりあえず、自分は、見ず知らずの人の汗ジミのあるユニは着れませぬ…(おまけに説明文では'99年モデルとありながら、参考画像を見るとタグには'98年って印字してあるし…これも何だかひっかかって…)。

 このユニの汗ジミが、漂泊したりクリーニングに出したりすれば落ちる程度の程度のモノなのか分かりませんが、説明文に「'99年の1年だけ着た」と書いてあるということは、これは7年前の汗ジミってことですよね。普通に考えて落ちそうにない…。さらにこの話をした知人いわく、「普通に洗ってれば汗ジミなんてつかないじゃん?それが残ってるってことは、汗かいて着た後、いつも洗わずにそのままにしてあったってことだよね」。そんな事言われたら、もう着れましぇ~ん!

 自分の持っている'02年モデルに比べて背文字のバランスの良いこの'98年モデル(説明で'99年モデルとあるのは出品者の勘違い?)、長年捜し求めていたユニだけに、汗ジミがあるとは言え、それでも多少迷いはあったのですが、結局入札は見送りました(せめて3000円くらいだったら入札したかもしれませんが、結局8000円オーバーで落札されたようです)。HPHの久慈ユニを着る事……。まさに、束の間の夢でした…。
 
 また、気長に探そう…。

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by Izanagi32 | 2006-06-05 23:44 | 久慈照嘉関連 | Comments(5)

オークションの久慈ユニ【前編】

 今この記事を読んでいる方の中には、某ネットオークションに先日まで出品されていた中日時代の久慈ユニ(ホームタイプのプロモデル)をご覧になった方もいるかと思います。

 自分の久慈ユニに対するこだわりは今まで何度も書いてきましたが、久慈ユニを沢山持っていながら、今でもまだ悔やんでいることが3つありまして、それは、

 ①中日の星野監督時代の久慈ユニを買わなかったこと
 ②同じくトレーニング用の青ユニを買わなかったこと
 ③阪神のビジターユニを買わなかったこと

 の3つです。③については最近詳しく書いたので説明は省くとして、①は(これも以前書きましたが)、自分の持っている中日時代の久慈ユニは山田監督時代のものなんですが、星野/山田監督時代のユニの違いといえば、ホームは全く一緒ですがビジターはそれまでのグレーから青色に変わり、ホーム/ビジター共に、肩に入っているキャッチフレーズ入りのワッペンが星野監督時代の「HARD PLAY HARD」(以下HPH)から「WIN THE GAME! WIN THE DREAM!」(以下WTG)に変わっている点で明確な(?)違いがあります。

 個人的な好みから言えば、星野監督時代のHPHワッペンより山田監督時代のWTGワッペンの方がかっこよくて好きなんですが、久慈さんが主力として活躍し、一番輝いていた頃のHPHのワッペンの入った久慈ユニを持っていないのが、久慈ファンとしては何だか悔しくて(笑)。

 また、星野監督時代のグレーのビジター久慈ユニも、今思うと欲しかったな~と思ったり。やっぱり久慈さんが一番活躍した'99年の優勝の瞬間に着ていたのがあのグレーのユニだっただけに、テレビなどであの場面が映し出される度に、「あー、グレーのビジターユニかっこええなあ~」と今でも思ってしまうのです。

 ②の青ユニというのは、星野監督時代に練習時や紅白戦の時にのみ使われていたユニで、これもプロモデル同様特注品で29000円で当時販売されていました(山田監督時代に着用も販売も中止)。自分は星野監督最後の年(2001年)に久慈さんのこの青ユニを買っているのですが、この年、久慈さんは登録名を「テル」にしていたため、この青ユニに入っているネームも当然「TERU」(笑)。これはこれで気に入ってはいるんですが、やはり今思えばこの青ユニに「KUJI」と入っていた'00年以前の青ユニも欲しかったな~と思うわけです。

 で、中日時代の久慈ユニにこれだけこだわっていながら、何故自分が当時これらのユニを買わなかったのか。それは、当時はまだ観戦の時にユニを着るという習慣というか考えもなく、ユニに対する興味も関心も全くなかったからです(笑)。

 今ではナゴヤドームもユニを着たファンが非常に大勢いますが、'99~'03年くらいまではユニを着る人も今では考られないくらい少なく、ましては久慈ユニのように特注のプロモデルなどでないと買えないユニを着ている人というのも稀でした。'04年から客席でユニを着る人が一気に増えるんですが、これはそれまでとは段違いに質も良くて選手の種類も豊富なレプリカユニがドームで販売されるようになったからだと思うのですが、とにかく、自分がユニフォーマーとしてドームデビューした'01年当時は、テルユニを着てドーム内を歩いていると他の観客に「あっ、テルだ!」「テル着てる人がおるぞ!」とかなり物珍しがられたものでした。

 少し話が逸れましたが。

 今ではこんなにユニにうるさい男になってしまった自分ですが、このように、ユニを着て観戦するようになったのは'01年からだったので、この時点で①も②ももう買うのは不可能だったわけです。詳しく説明すれば、'01年当時まだワッペンはHPHだったものの、久慈さんの登録名がテルだったため背中にKUJIと入ったユニを買うことは不可能、そして翌'02年、久慈さんは登録名を「久慈」に戻したのでKUJIユニは買えたものの青ユニは廃止されワッペンもWTGに変わってしまった、というわけです。

 まあそんな感じで、遡れるものなら'00年まで時間を遡って①(ホーム/ビジター)も②(青ユニ)も買いたいくらいですが、計算してみたら3着で87000円! すみません、遡っても買えません(笑)。

 ③も含め、今となってはこれらを手に入れるのは叶わぬ夢ですが、唯一手に入れる可能性のある手段として、ネットオークションがあります。ここにこれらのユニが出てくれたら…。そう思って、暇な時によくいろんなオークションサイトをチェックはしてたんですよ。でも、前にも書いた通り、久慈さんの在籍していた'98年~'00年当時はユニを着ている人自体が少なかったので、その中でさらにプロモデルの久慈ユニ(しかもサイズはOかXO)ということになると、大概の物は手に入るネットオークションといえども、まず出品されることはないだろう…と思っていたんです。実際、その通りでしたし。

 しかし、しかしです。ここでやっと長い前フリが終わって冒頭の一文へと話がつながるわけですが(笑)、ついに出たんです、HPHワッペンの入った、プロモデルの久慈ユニ(ホーム/サイズもO)が!

【後編に続く…】

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by Izanagi32 | 2006-06-04 02:25 | 久慈照嘉関連 | Comments(7)

元・阪神&中日(現・阪神一軍守備走塁コーチ)の久慈照嘉ファンブログです。管理人はカープファンでもあります。


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